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総合学習について
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管理人の総合学習に関する私見

総合学習とは?〜文部省のホームページによると下記のような説明がされています。

1、「総合的な学習の時間」は、これまでとかく画一的といわれる学校の授業を変えて、(1) 地域や学校、子どもたちの実態に応じ、学校が創意工夫を生かして特色ある教育活動が行える時間 (2) 国際理解、情報、環境、福祉・健康など従来の教科をまたがるような課題に関する学習を行える時間 として新しく設けられる。

2、「この時間では、子どもたちが各教科等の学習で得た個々の知識を結び付け、総合的に働かせることができるようにすることを目指している。(詳細は上記リンクからどうぞ)


総合学習は生徒(学校として考えた場合の顧客)のニーズにマッチしている?

 誰しも子どもの頃は「こんな勉強して何の役に立つの?」「社会に出ても役に立たないことをする必要があるの?」といった疑問をもったことがあると思います。私が現場(学校)にいたときの生徒たちの多くも同じことを言ってはサボろうとしていました。

 自分が学校に通っていたころのことを考えても、生徒にとって勉強が面白いかどうかを決める大きな要素として現実社会といかにつながっているか?といった問題があると感じます。(先生のスキルに関しては後述します)

  何をするにも大切な「動機付け」ができず、生徒が関心を示さないのでは授業が成り立つことは難しいでしょう。「授業」というサービスを提供する以上は顧客(生徒)のニーズを捉えた商品開発(指導案づくり)が欠かせません。それがプロの仕事というものだと思います。

 そこに非常に強力な助っ人が登場した!それが「総合学習」という「お題目」ではないでしょうか?つまり今まではがんじがらめの規制(指導要領?)に縛られていた〜言葉の裏を取ればそれだけやれば良かった〜ものが現実に即した「わかりやすい」授業をしなさい。とのお達しが出たのです。

 もちろん今までそのような取り組みをしてきた教育者の方々もいらっしゃいましたが国としてその方針を打ち出したのはとても大きなことだと思いました。実際、いわゆる学際と呼ばれる分野を教える必要があった「保健」の授業では実生活に即した題材がありとあらゆる分野で出てきます。生徒たちが性教育に興味があることは議論の余地がありませんが、それ以外の単元でも興味を持って授業に取り組む姿を覚えています。

 実生活のみならず、社会に出てから何が必要か?については大学を出てすぐに教員になってしまえば先生方にはわかりにくく、実感のできないものだと思います。総合学習や体験学習を通して何のために勉強するの?の答えを生徒自身に考えさせ、先生方も学んでいく必要があると思います。

 楽しい!役に立つ!総合学習が顧客(生徒)のニーズにマッチする。…かどうかは別として、「受験のための受験に役立つ教科学習」の域を超えた「自発的な教科学習への動機付け」の大きな手段として、総合学習はとても有用だと思います。
 
学校への期待と不安

子どもが生まれて

 「学校で教える」職に就いていた人間が、自分の子どもを預ける学校を選ぶ。その内情を人様に比べて若干なりとも良く知るものとしては期待もあり不安もある。いろんな先生がいるし、いろいろな利権が絡んでもいる。

 学校以外での子どもとの付き合いがきちんとできれば、どんなところ(失敬!)に行ったとしても間違いがないのではないか?とも考えられる。学校に対する不安とは自身が子どもとどれだけ向き合えるかの自信の無さでもあるかも知れない。

 「学校で何かを教えてもらえるはず」と期待して学校へ通わせることは避けたい。「学校で何かを学んで来れば?」といって学校に通わせたい。学校で質の高い授業、そうでない授業、いろいろな先生、友達と出会い、「自分で考え判断し行動する」ことができるようになる。これは親の力だけでは提供できない。学校に対する期待は大きい。


総合学習への期待と不安

 「新しい」といわれる総合学習ではあるがその根本は学習の本来の意味を学校教育によりわかりやすく取り入れた、ということだと思う。何千年も前から人類がしてきたことに変わりはないだろうしこれからも大きく変わることはない。(のではないか?)

 しかし制度として取り入れられた総合学習は現場の先生方を困らせてもいる。らしい。

 「親」しての不安は「総合学習」が手法にとらわれ、教える側の自己満足に走り本来伝えるべきことが子どもに伝わらないこと、「総合学習」のお題目にとらわれて基礎となる教科教育がおろそかになることである。

 期待もある。パーソナリティーが発揮された指導はその指導者ならではのものであり、親または他人がまねできるものではない。総合学習の導入を契機にぜひそんな先生の授業を子どもに受けさせたい。担当の先生の中に一人でもそういった先生がいれば学校という社会の縮図を子ども心に判断できるのではないか。

 生徒のみならず、先生方にも「与えられた自由とそれに付随する義務や責任」についてもう一度考えていただき、各々の授業においてプロとしての仕事をお願いしたい限りです。(自省の念もこめて)

 
大人の責任と家庭でできること

総合学習はいつからするの?

 学校に入ってから「総合的な学習の時間」がはじまる。それまで家庭で何をするべきか?最近人の親になって自分を振り返ると小さな頃、親に受けた影響の大きさを感じる。自分の性格は親のこんなアプローチでつくられたのかなあ?など。自分の親とともに暮らし、息子に対する親(おじいちゃん、おばあちゃん)の接し方を見ているとああこうして自分がこうなったんだなあ。と感心せずにはいられない。

 人が人を育てる(た)人生をかけた実証実験の過程が目の前で展開される。そして息子は自分たちの影響を大きく受ける。人の性格についての研究はいろいろあるが、環境が人格形成に影響するのは間違いないと個人的には考えている。

 社会と接し、本物にふれる。簡単にできそうでできないことをする場が増えている。過疎対策で農村のソフト(受入体制)の整備も進み、修学旅行での体験学習や体験観光といったニーズに対応する事業者も多い。環境問題について取り組む企業も増え、情報が氾濫してもいる。きっかけさえあれば親が子どもを「総合学習」へ導くこともたやすくなってはいる。

 子どもと一緒に出かけたい。でもどこへ行けばいい?何をすればいい?わからずに動けないことがよくある。まずは自分が学ばねばいけないのかも知れない。「自分で考え判断し行動する」ことができるように。


子どもの常識

 子どもはすごい!自分もたぶん「すごかった」はず。社会のしがらみも我々が学校で習ってきたことも知らないはずなのに突然本質を突く。思いもしなかった発想をする。父親が息子によく言っている。「おまえの頭の中はどうなってるんだ?!(感嘆の声)すごいなあ。」自分も昔よく言われていたような気がする。

 「すごい子ども」はだんだん親と同じ行動をし始める。彼らの常識は「親」のすることでもあるらしい。「はっ」とさせられ反省することも少なくない。子どもは親を見て育っている。ようだ。


総合学習と「はんたい」の学習

 子どもは生活を通して社会について学び、そのための基礎を学ぶ。礼儀であったり基礎教科であったり大人の世界の常識であったりコミュニケーションであったり…。学校では総合的な学習やその他の学科、学校生活を通して学ぶ。そしてそれらを総合的に活用できる「生きる力」を育む。脳みその広い範囲で物事を考え判断し行動することができるようにする。のが人生における総合学習。

 大人が子どもに学ぶことはその「はんたい」の学習。人生の総合学習のなかで忘れてしまったものを子どもはたくさん持っている。家庭でできるのは子どもとのふれあいを通したお互いの学習。子どもは大人になるために、大人は失ったものを取り戻すために。大人の責任はその場をつくること。ではないかなあとよく考える。

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